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[5256-天安門事件から30年](週末独り言(6月第3週))

中国の共産党政権が、民主化を叫ぶ学生らを武力弾圧した1989年の天安門事件から、4日で30年を迎えた。悲劇が起きた北京の天安門広場はきのう、厳戒態勢が敷かれた。中国政府がいまだ天安門事件に神経をとがらせているのは明らか。事件は改革派指導者の胡耀邦・元共産党総書記の死をいたみ、天安門前広場に集まった学生らの行動が発端だ。民主化要求運動に発展し、当局の武力行使で多くの市民が銃撃される惨劇となった。
死者は319人と発表されたものの、真相は謎のままだ。中国政府は事件を「政治風波」と位置付け、弾圧を正当化してきた。だが人権や言論の自由が普遍的な価値として広く認められている今日、中国政府の姿勢は到底容認できない。とりわけ習近平指導部は、国家主席の任期制限を廃して習氏の長期支配を可能にし、強権化を進めている。事件の真相解明や犠牲者の名誉回復、政治改革を求める知識人や活動家らを投獄するなどして事件を封印。事件当時の運動リーダーで、ノーベル平和賞を受賞した民主活動家の劉暁波氏も一昨年事実上、獄中死した。民主化を拒絶し、独裁色を強める姿勢は、国際社会の強い失望と警戒感を招いている。
以前、私は胡耀邦の本を読んだ。
1989年6月の天安門事件で失脚し、約16年も幽閉されたまま死去した趙紫陽・元中国共産党総書記が軟禁中に残した言葉をまとめた本。中国版の題名は『改革歴程』、英語版の題名は『Prisoner of the state』。
天安門の歴史的な演説から16年も幽閉されてもなお、次世代の中国を担う若者たちに”国家の在り方”や”若者への期待”を語り続けた趙紫陽。その政治家としての先見性と勇気には敬服するしかない。外交部の孔泉報道官の言葉を借りれば「党内で結論が出ている」となり、現時点における趙紫陽の再評価は考えられないと言われているが、趙の失脚と死により、中華人民共和国の民主化、経済成長は大きなダメージを受けたと言わざるをえない。
いつか必ず、中国が成熟した民主国家となった時に”趙紫陽”の名前は歴史的に再考されるだろう。
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