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 台東区議の堀越秀生「ほりこし日記」:

転換期を迎える日本に情熱でたちむかう!!継続中

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(2019/01/29(Tue.) 〜 2019/01/16(Wed.) )


  [5217] 沖縄県知事選からの流れ 2019/01/29(Tue.)  


新聞などを読めば、政治の世界は複雑で流れもはやいですが。
地方議員の目から見ると、その不安定な流れの底流には一定の思いがあるような気がします。

ある意味、夏にお手伝いした沖縄知事選挙は”最近の選挙の争点”を明確に提示していて、
沖縄県民に対して『経済保守』と『社会保守』のどちらを選択するのかを突き付けている選挙だと思いました。
基地をめぐる「知事と総理」の対立だって、結局はここが論点なのです。
沖縄で話す業界人(政治関係者)も、そこを強調していました。
基地があることによって沖縄経済が潤っているという幻想から県民一人一人が徐々に覚めていき、
戦後ずっとアメリカによって間接的に軍政支配されていたことによって失われていた
琉球古来の沖縄アニミズム(自然信仰)文化への回帰を求める人々が潜在的に増えている感もあるのです。
つまりは、南国・沖縄独特の「ニライカナイ」というような楽土信仰や、
守り神シーサーに表れているような沖縄の自然を守りながら、独自の文化の中で生活していくという文化への回帰。
実は、このような「非経済的な生活信仰」というものは、すでに広く日本人の心の中に芽生えているようで。
新自由主義経済による「競争の激しい社会」や「収入・身分格差のある社会」への嫌悪感は、
特に30代以下の日本人の社会意識の中で相当に育まれていることが各種生活アンケートなどで理解できます。

まだ、鈍感な政治家(国会&地方)の多くは、この社会意識に殆ど気づいておらず、
相変わらずの「政治選択」で有権者の心をつかめると誤解しているようですが。
日本人に昔からあった「農耕民族的な和を貴ぶ村社会」への深層心理での回帰は、
新しい価値観による「狩猟民族的な自由主義経済」への信仰を駆逐する程に高まってきたと実感するのです。
たぶん、次の総選挙などで判然と顕在化してくるものと思われます。

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5217 ]


  [5216] とある会合の帰り道 2019/01/28(Mon.)  


新年会で街をめぐると、いろいろな声が聞こえてきます。
最近、総花的な「〇〇ホテル」の会合より、町中の小さな飲食店で催される会合に出る方が多いのですが。
20人〜30人程、膝詰めで話をすると興味深い話が多々。
昨日も台東区南部のある新年会に出ていたのですが、千代田区に隣接する地域では土地に関する話が多いです。
「毎週のように家を売らないか」とか「マンション用地を探しているのですが」とやって来ると。
実際、私が住む台東や浅草橋近辺は昔ながらの住人が段々と少なくなり。
マンション業者などの「地上げ活動」はオリンピックに向けて、まだまだ続いています。

そんな会合の帰り道・・・ふと、空を見上げると・・・

1等星を結んでできる大三角やダイヤモンド。
都会でも暗い場所に行くと、青や黄、オレンジ…、星座の彩りも豊かです。
今年は米国のアポロ11号による人類初の月面着陸から50年だそうです。
「大きな飛躍」(アームストロング船長)の一歩は、宇宙への関心を高めましたねえ。

星空といえば「星の王子様」。
作者のサンテグジュペリは、経験を積んだ大人の方が優れているとの常識を逆転させ、
「大人の価値観を批判する」という思いで、この物語を上述したそうです。
作中には有名な王子様がキツネに教わる言葉がありますねえ。

「心で見なければ、よく見えてこない。大切なものは目には見えない、」


最近、本当にそう思いますねえ。
他者を排する言葉が政治にも経済にも溢れ。
遠い国どころか、近くの国同士で罵り合う。
我々の町の小さな世界でも、結構と近隣同士の揉め事があって相談を受けたり。
なんか、寂しい気がして、「陽の気」が薄れゆく世相を感じずにはいられません。

家路を急ぐ夜、星や月を眺め、その先に広がる宇宙を思うと、自分の小ささを実感しますが。
そんな日常の小さなことにこそ大事なものがあるわけで。。。
始まったばかりの一年。
さて、どんな年にしましょうか。

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5216 ]


  [5215] 戦いの前、一瞬の静 週末独り言(1月第4週) 


「死んだ子の年を数えるな」と昔からいわれるが。
私自身、いくら時間が経過しても、死んだ息子の年を数えてしまう。
生きていれば、もう19ですかあ。

人生は借り物の時間で、人生は一瞬のように短いという人もいるが。
その刹那の中で、時を感じて生きている人間には、死んだ者を思う時間は長く辛い。
愛しき子を想う、法要の東山。

一瞬の静。

日帰りで東京に戻れば、6度目の戦いの日も近い。
かつて、若き日に私が挑んだように、私に襲い掛かる新しい方も増え。
ここでも、短くも長い時の流れを感じる。

選挙を迎える度に思うのだが。
政治は気の流れに左右される世界だと思う。
「陽の気」「陰の気」「温情の気」「怨嗟の気」・・・様々な気が流れ、一時も定まることはない。
その流れの中で、気を引く体が己にあるのか。

選挙の度に、祖から試されている感じがする。

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5215 ]


  [5214] 学童保育の基準緩和 2019/01/24(Thu.)  


小学校に入学すれば多くの児童が利用する「学童保育」。
台東区議会の文教委員会でも定期的に議題にあがる重要な施策。

共働きやひとり親家庭の小学生を預かる放課後児童クラブ(学童保育)について、
昨年末、厚生労働省は職員基準を緩和する考えを示しました。
児童福祉法の改正案を今年の通常国会に提出する予定だそうです。
学童保育は市町村や社会福祉法人などが運営し、全国に約2万5千カ所あります。

職員基準は子どもの安全確保を目的に2015年度に導入され、1カ所に2人以上の配置を義務付けていて。
これを拘束力のない参考基準とし、1人でも容認するようにすると。
更に、現行基準では最低1人は保育士などの資格を持つか一定の実務経験を持ち、
都道府県の研修も受けた「放課後児童支援員」を置く必要があるが、これも柔軟に決められるようにすると。

まあ、こうした基準緩和の背景にあるのは人手不足に悩む地方自治体の事情が主だと思われます。
実際、全国町村会は基準を満たす職員が確保できず待機児童解消の妨げになっているとして、
国に対して見直しを求めていたのです。ただ、議員とすれば「子供の安全」をどうしても中心に考えるので、
基準緩和で職員が十分な研修もないまま1人で多くの子どもたちをみるような事態になれば、
目が届かずに事故につながる懸念も出てくるのではと心配になります。
まあ、もちろん、この点については今から、行政理事者の・・・
「安全には万全を尽くして配慮して参ります」という答弁が聞こえきそうで。
当該担当課は来年度の緩和に向けて既に準備段階に入っていると思われます。

学童保育の利用児童は女性の就業率の上昇とともに増加の一途をたどり、
全国では今年5月1日に121万人を突破しています。待機児童も約1万7千人もいて。
小学校入学とともに母親らが離職を余儀なくされる「小1の壁」問題は特に深刻な問題です。
政府は23年度までに定員を30万人分拡大し、計152万人分とする計画ですが、
それには低賃金が指摘される支援員の待遇改善なども含めて、総合的に対策を考える必要があります。
当然のことながら、学校の余裕教室などで行われている文科省の「放課後子供教室」との連携拡大も重要。
学童保育は子どもにとって家庭に代わる生活の場であり、成長の場でもあります。
今後、私も台東区議会で地域全体で多様な居場所を作っていく「量と質の両面」を深く議論していきます。

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5214 ]


  [5213] 任期最終盤に思う 2019/01/23(Wed.)  


4年の任期も終盤、選挙も近づいてきました。
皆様の御心に支えられ、今任期も元気に仕事ができました。
誠にありがとうございました。
今後とも、変わらぬ御指導の程、宜しくお願いいたします。

よく私は議会の本会議や委員会で、自民党に属する服部区長に批判的なことや生意気なことを言ってきました。もちろん、それは服部区長個人に恨みがあるからではなく、政治家として依って立つところが違うからです。

大学時代、私は体育会のアメリカンフットボール部に所属していましたが、スポーツでは試合が終われば試合中の激しいぶつかり合いは忘れて、互いに楽しい遊び仲間、飲み仲間になったりします。しかし、政治の場ではなかなか、議会でぶつかりあったいがみ合いや罵り合いは、すんなりと忘れて私生活は楽しい付き合いとはならないでしょう。しかし、それでも、議員ならば立場を超えて、年の差を超えて、言わなければならない場面があります。

もちろん、私の政治信条・姿勢の中で、服部区長が目指す政治に共鳴している政策があるなら、今までにもあったように賛成していきます。実際、多くの条例・理事者報告に、この4年間でも賛成してきました。しかしながら、今現在、私にはまだ、自民党・服部区政に納得できないところが、全部ではありませんが相当数あります。なので、服部区長の政治とは一線を画したい。以下私がそう思う理由を具体的に述べます


先ず、私の服部区長の政治的思いと違う部分には、過日の決算特別委員会でも主張した通り、「行政事務効率のための他自治体とのクラウドIT化への取り組み方の違い」や「地方自治体としての医療介護の一体的な政策連携へのタイムスケジュールの違い」、「台東区も多額の負担金を拠出している清掃一部事務組合への政治的関与の在り方の違い」、「したまちコメディ映画祭廃止か否かを巡る思いの違い」そして「子供の安全に関する区立小学校学区域の再編への取り組みの違い」などの各論的な論争もありますが。

今日は、もっと行政の在り方や運営自体に対する総論的な違い、この点について述べます。

私の発言に関する、過去の台東区議会議事録を見ていただければ御理解いただけると思いますが、私は20年前に初当選した時から、主に4つのことを行政に求めてきました。

その一つ目は「区の最高意思決定機関である政策会議の議事録作成と公開による行政の徹底した情報公開」、二つ目に「硬直し既得権化した補助金システム再編のための各団体補助金ゼロベースでの見直し」、三つ目に「議会の独立性を担保するための台東区職員以外のスタッフからなる区議会法制局の設置」、そして四つ目に「行政裁量の肥大とお手盛り行政の懸念を払拭するための行政事務すべてにおける外部監査の導入」でした。

しかし、4つ目の外部監査の一部導入を除けば、この20年間、これらの取り組みに関して服部区政はゼロ回答でした。要は選挙で選ばれた政治家区長であるにもかかわらず、「行政主導」の「民は由らしむべし,知らしむべからず」という上目線の区政運営を行ってきた証でもあります。その結果が特に福祉・教育における「弱者保護政策の抜け落ち」につながっているのです。よって、平成という時代が終わる最後の年の節目に、この20年間の区議会議員生活の総括として。私は来月から始まる予算委員会、そして選挙へと服部区政の問題点を正していきます。

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5213 ]


  [5212] 深夜にアイオアの景色を思い出す 2019/01/22(Tue.)  


深夜、BSで「アメリカ大統領選挙」の特集番組を見ていました。CNNによれば、ヒラリーとトランプの明暗を分けたのはアイオワ州だったそうで。
前に私も旅したアイオワは、トウモロコシや大豆など全米屈指の農業州で人口が約310万人。90%以上が白人で、民主党と共和党の支持者が拮抗している地域。あの広大な農業地域のアイオワが大統領選挙の激戦州とは・・・。
皆さんは観ましたか、「フィールド・オブ・ドリームス」という名画を。あの舞台はアイオワなんですよ。1989年公開の映画「フィールド・オブ・ドリームス」の撮影用につくられた野球場が保存され、今もファンを引きつけているのです。
『きみがそれを作れば、彼はやってくる』
という声に導かれ、主人公レイがトウモロコシ畑を切り開いて球場をつくると、八百長疑惑で球界を追われた大リーガー「シューレス」ジョー・ジャクソンがよみがえって、再びプレーする物語。親子の愛情もあって、野球ファンには堪らない映画でしたよねえ。ホームページを開くと、広大な農場の中、小さなバックネットと木製の観客席、鮮やかな緑の芝生が目に飛び込みます。キャッチボールしたり、客席からグラウンドを眺めたり、ファンは映画のシーンのように楽しんでいるのです。斯く言う私も、あの球場でキャッチボールをするアメリカ人親子の風景に癒されました。
移民の国アメリカにとって野球は単なるスポーツではなく、文化であり神話であるとも言われていますよね。素朴な手作りの球場は人々の原点であり、守るべき純粋な夢の場所なのでしょう。原作者W・P・キンセラ氏は2016年9月、残念ながら亡くなりましたが。彼が作中、球場について主人公のジョーに言わせた台詞は永遠に残るでしょう。大統領選挙で罵り合った二人にも、強く響いた言葉だったのでは。特にトランプ(笑)
『ここはきっと天国に違いない』
台東区上野公園にある「正岡子規記念球場」もフィールド・ドリームスのように「野球観光地」にしたいなあ。議会で頑張ろう。何しろ、あそこは日本に「野球」という言葉を作った正岡子規の聖地だから。日本の野球ファンにとっても台東区にとっても大切な場所なのです。

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5212 ]


  [5211] 会社法改正 2019/01/21(Mon.)  


2005年、経済の国際化に対応するため、商法の一部を分離し会社関連の法律を再編して成立した会社法。
15年施行の改正法の付則で、2年後に企業統治の在り方を検討するとしていましたが。
この間、法制審が見直しを進めてきました。法務省は通常国会で改正法案を提出する予定だといいます。

法務省の法制審議会の部会がまとめたところによると、上場企業などの大会社に
社外取締役の設置を義務付けること。また、役員報酬の決め方の情報開示拡充など。
法改正には企業統治を強め、経営の透明性を高める狙いが見えます。

そんな中、見直しの目玉は社外取締役設置の義務化でしょう。
外部から招く社外取締役は、社内のしがらみにとらわれずに第三者の視点から企業経営に関われますので。
国内外の投資家の経営陣に対する信頼を確保するには義務化が必要、と判断したことは妥当でしょう。

義務化は以前から議論されていましたが、経済界の反発が強く見送られた経緯があります。
しかし、昨年7月時点で東京証券取引所の全上場会社の97・7%が社外取締役を採用しているのに加え、
国際化が進む株式市場を考えれば導入は避けて通れないと判断されたようです。

役員報酬についても、取締役会が基本的な考え方を決定し、開示するよう義務付けられ、
報酬をどう決めているかという過程がより透明化され、株主が妥当性を判断できるようになります。
その他、株主総会や総会資料の在り方なども見直され、株主提案の乱用を防ぐため、
1人の株主が提出できる議案を10本までに制限されます。
ただ一方で、企業や投資家の利益につながる提案まで規制されないように配慮が必要だと考えます。

「会社は公器」という言葉がありますが、コンプライアンスが強く叫ばれる時代。
会社法は時代に即し、ますます公共性と公明性が求めらる法律に進化しているようです。

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5211 ]


  [5210] 梅原猛氏、逝く  週末独り言(1月第3週) 


哲学者で国際日本文化研究センター(日文研)初代所長の梅原猛さんが12日に亡くなりました。
若き日、西田幾多郎や田辺元らの京都学派に憧れ、哲学を志し。
その道は西田哲学をなぞるのではなく、どこまでも自ら思索し深めることだったといいます。

なんといっても漢字学者の白川静さんらに強い刺激を受けた後に書した京都新聞連載の「京都遊行」。
1998年11月〜2004年4月までで計208回に及んだ文章を読んで、私も京都を旅しました。
京都市内をはじめ丹後や山城を訪ね、秘められた歴史を掘り起こした秀逸の案内でした。
梅原さんは事あるごとに・・・

『日本文化の原理は草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)。
 草も木も生きものだという人類の原初的考え方だ。
 人間中心の傲慢な文明が近代文明。
 近代哲学はその文明を基礎づけた。
 そんな人間中心主義を批判しないといけない。』

・・・素晴らしい。
私自身、京都の寺社、山々を旅する時、日本信仰の源泉である「アニミズム」に思いを馳せ。
若い時と違って、八百万神を意識しながら自然を眺める気持ちになったのは梅原氏の影響が大きい。
また、晩年の梅原氏で記憶にあるのは、同志社大学教授の友人に誘われて参加した「9条の会」でのこと。

「私が入るはずの防空壕(ごう)に爆弾が直撃して大勢の中学生が座ったまま死にました。死骸が吹き飛ばされて屋根の鉄骨の上に引っかかっているのを見て、深く戦争を憎みました。」

・・・という戦争体験談。
「知の巨人」というだけでなく、「戦争を知る先輩」として梅原氏の死は日本の損失です。

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5210 ]


  [5209] 子どもの貧困対策推進法改正 2019/01/17(Thu.)  


国会では「子どもの貧困対策推進法」の施行から5年を迎えて法改正の動きが出ています。
現行法では、対策の計画策定が都道府県の努力義務となっていますが、
より身近な市町村にも計画策定を求める方向に早ければ通常国会で変わる流れです。

そもそも、推進法は親から子への「貧困の連鎖」を断ち切ることを目的として制定されました。
たとえば経済的にゆとりがない家庭と一般家庭での教育機会には大きな格差が残っているので、
実効性のある改正できめ細やかな対応を目指すのが法改正の趣旨だそうです。

推進法は2014年1月に議員立法で制定され、生まれ育った環境で将来が左右されないよう
教育支援などの対策を国や地方自治体が実施する責任があると規定しています。
そして、政府は低所得者向けの奨学金制度の充実や幼児教育無償化などの政策大綱を作り、
我々地方議会や各都道府県も大綱を踏まえて対策計画を策定してきました。
しかしながら、一方で生活保護費の減額などもあり、まだまだ十分な貧困対策とはいえません。

平均的な所得の半分に満たない家庭で暮らす18歳未満の割合を示す「子どもの貧困率」は、
12年の16・3%からは改善したものの、15年時点で13・9%、7人に1人になる計算です。
生活保護を受給する世帯の子どもの大学・専修学校進学率は、17年4月時点で35・3%。
13年4月時点からはやや上昇しましたが、全世帯の73・0%に比べると半分以下です。

最近では台東区のように、基礎自治体である市町村の役割を重視する声も多々あり、
都道府県との役割分担を明確にし、非正規で働くことが多いシングルマザーらの就労支援強化の要望もあります。
なかなか「子どもの貧困」の実態は見えづらく地域格差もありますが、
現場を細かく分析しながら、台東区議として来年度に向けて準備を進めていきます。

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5209 ]


  [5208] 路上の仏 2019/01/16(Wed.)  


地元の健康推進委員会で御一緒だったSさんが、一昨年夏に胃がんで逝きました。とても温厚な方で、竹町に移り住んで10年程しか経っていないのに町会の世話役のような風情でした。奥様の話によれば、祭り好きのSさんは引っ越して来た翌日に町会長の電話番号を自分で調べ、「町会にある祭りの会(睦)に入会したい」と懇願したそうです。それから10年、町会の人にも愛され、健康推進委員などのボランティアもして、下町に溶け込んだわけで。Sさんの柔和な笑顔と、物腰の柔かさの成せる業と感心しきりです。たぶん、政治に関してSさんは決まって支持する政党があったように思いますが、いつも私に優しく声をかけ、何度も「迷わずに今まで通りにやりなよ、応援してるから」と言ってくれました。この「迷わずに今まで通りにやりなよ」という前段が、どれだけ私を励ましてくれたか。正直、この数年間、個人的に辛いことも多々あったので、本当に心に染み込む有難い言葉でした。感謝の気持ちを伝えても、伝えきれない程、Sさんの存在は私に日々の支えをくれました
。新春になると、Sさんと一緒に歩いた隅田川沿いの景色を思い出します。今はゆっくり、身体を休めてお休みください。そして、いつの日か、また会いましょう。

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昨年、新たにがんと診断される人が全国で100万人を超えたそうです。がんは日本人の2人に1人がかかり、3人に1人が亡くなる死因第1位の国民病だと。がん対策基本法が2007年に施行されて11年が過ぎました。この間、治療技術は進歩し、治療後の生存率は高まっているのですが、死亡率を減少させる数値目標は達成できないのが現状だといいます。

そして、厚生労働省は基本法に基づき昨年、今後6年間の国の取り組みを定める「第3期がん対策推進基本計画案」を公表しました。これまでの計画と結果を踏まえ、より効果的な対策が求められます。

07年の第1期の計画は、拠点病院の整備や痛みを和らげる緩和ケアなどを掲げ、12年の2期計画は小児がん対策の充実なども取り入れました。ただ、1、2期を通じ、75歳未満のがん死亡率を10年間で20%減らす目標は達成できませんでした。3期計画は、早期発見に向け検診の受診率を50%、疑いがあった場合の精密検査受診率を90%に高める目標ですが。検診受診率は胃、肺、大腸、乳、子宮頸の各がんでは40%前後。精密検査を受ける人も65〜85%にとどまります。検診を受けやすい環境を整えることが第一ですが、自治体間で受診率を比較する仕組みが未整備で、職場を通じた検診の実態把握も不十分だといいます。我が台東区でも、さらに組織的に受診率を向上させるような仕組みづくりを求めていきたいと考えます。

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5208 ]




 
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