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 台東区議の堀越秀生「ほりこし日記」:

転換期を迎える日本に情熱でたちむかう!!継続中

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(週末独り言(3月第1週) 〜 2019/02/25(Mon.) )


  [5246] 【選挙前最終投稿】〜放熱の証 尾崎を思う〜 週末独り言(3月第1週) 


この任期4年間、皆様の温かい御心に支えられ、
台東区で働くことができました。
誠にありがとうございました。

議会が終了してからの一週間、
日々、台東区を歩きました。
雨が降る日には谷中のお寺から沈丁花の香りが。
晴れた日には上野から綺麗な青空が見えました。

そして、思い出しました。

16歳の春。
大学の付属校に入学した当時、私は外部生で友達もいなくて。
学校が終わると東横線日吉駅から電車に乗って渋谷に行き、
中学時代の塾友達と一緒に遊んでいました。
ある日、私と同じ付属高外部生の彼が連れてきたのが有名になる前、高校1年の「尾崎豊」でした。
3人で夜まで渋谷センター街のゲーセンで遊んで。

もし、彼が生きていたら、今の時代にどんな歌を書くのか。
「あの頃と何も変わってねえな、今の時代も」と嘆くのか。
彼がいない今となっては、もう分からないことですが。
この20年間、そんな事を考えながら、ずっと政治に関わってきました。
そして、今回の選挙も変わらず…『僕が僕であるために』…を聴きながら始まりを迎えます。

これから、どんな時代になるのか誰にも分かりませんが。
時代と共に移りゆく台東区の中で、
初心を忘れず、これからも精進して参ります。

皆様、変わらぬ御指導の程、宜しくお願い致します。

時代を変える情熱、継続中!!

平成31年3月9日
台東区議会議員 堀越秀生

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5246 ]


  [5245] ウルリッヒ・ベックの社会論 2019/03/07(Thu.)  


東日本大震災から、まもまく8年経ちます。
今でも、選挙の関係で東北に行くと、まだまだ復興は難しいのだと思います。
見た目の街が復興しても、被災された方々の心、そしてまた「東北を避けるような他地方の目」は判然とあります。
ここまで書いてよいのか分かりませんが・・・
私の知人にも「東北はまだ怖いから温泉は南の方で」と偏見を持ち続けている方もいるのです。

そして最近、改めて、3年前に亡くなったドイツの社会学者の言葉を思い出すのです。
現代社会が抱えるリスクを警告した著書「危険社会」(1986年)で知られ、
福島第1原子力発電所事故を受け、脱原発を提言したドイツ政府の諮問機関
「倫理委員会」のメンバーも務めたウルリッヒ・ベックという社会学者がいました。
彼は地震などの災害による「原発の危険性」を指摘していました。

生前、彼の提言どおりにドイツでは「発展した現代社会の異物である原発段階的撤廃」を早々に決めました。
彼が「リスク社会論」で述べたところによれば、経済や科学技術の発展による富の社会的生産や政治的変革と並行して
多様で複雑化したリスクが社会的に生産される社会が出現したといいます。
まさにこれは、戦後の高度経済成長にのって、高生産化・合理化・効率化を求めてきた”日本の現実”でもあって。
ドイツで語った、彼の言葉は日本人の我々にも響きます。
果たして、日本は「3.11」の後に何処へ向かうべきなのでしょうか。
そんな事を考えている内に、その他の大地震が次対起こり、時代に思考が取り残されていく我々がいます。

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

     すなわち,自立的かつ自律的に見える産業主義のシステムは、
     この21世紀初頭、自らの論理と境界を打ち破ることによって、自己を解消する過程に入った。
     この根本的な変化が,近代化が再帰的となる現代の位相の特徴なのである。
     近代化は、産業主義的近代の内部でさまざまな経路や潜在的可能性について苦心し続けるのをやめ、
     今や、産業主義的国民国家の社会的、政治的、文化的な基本原理と基本制度を捉え、
     これらを破壊することによって、産業主義的近代と対立する新しい潜在的可能性を拓く。
                                      (ウルリッヒ・ベック)

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5245 ]


  [5244] 新たな差別を生む可能性もある 2019/03/06(Wed.)  


前に日記に書きましたが、私が議員になって初めて触れた”政治新語”は『ジェンダー(gender)』でした。
選挙前、改めて思い出しました。

日本では『社会的文化的性差』という意味で捉えがちですが、本来は『社会的・文化的な性のありよう』が正訳。
だからなのか、「男女間の性的長所」の議論を先に封じ、「男女間の性的短所」ばかり論じ合ってきた感が。
実際に、私が大学生の時(1985年)に制定された「男女雇用機会均等法」からのそんな流れを汲んで、
「男女共同参画」という名のもとに女性中心的な行政事業が”ジェンダー事業”として拡散しています。
しかし本来は、『社会的・文化的な性のありよう』が政治では論じられるべきで、
男女が共に先天的に持っている特性や、性同一性について、
社会や政治が如何にあるべきかを考えることが重要なのだと思われます。

こうした人権感覚が進んでくると、政治の舞台でも様々な「弱者保護」の議論が出てきます。
最近では『アファーマティブ・アクション(affirmative action)』もその一例かもしれません。
これは「弱者優遇政策」のこと全体を指す言葉ですが、例えば、アメリカの民族比率に応じた従業員比率。
あるいは、大学入学定員の少数民族優遇策、管理職の民族比率の励行、etc,.
この「民族差別」の解放の意で唱えられた言葉を、日本では「生活弱者」に適用しようという左翼的な動きもあります。
・・・というのも・・・
この『アファーマティブ・アクション』という言葉の裏には故意に「差別」を社会論として浮き上がらせ、
「民族論で唱えらえる優遇政策要求」の歯止めにしようとする輩もいるからです。
まさに、社会に潜在的にある「差別」を先んじて論じ、それを守ることは「逆差別」のように煽る風潮。
実際、アメリカの大学の一部では、アファーマティブ・アクションを施行していることに対して強い批判があります。
学力が無い者を受け入れているという批判です。
また、企業においても就業能力の無いものを採用しなくてはならないことへの批判です。
事左様に、アメリカでは「差別主義」への批判を先んじて制し、「逆差別」ではないかという議論の種にもしているのです。

       政治は難しい。
       特に「民族・宗教・生活格差」を語る時には要注意。
       「差別」を問題にして取り上げている裏に、「差別主義」の先制攻撃の意図があったりする。
       交渉事の要諦でもありますが、「相手が問題にするより先に論じて安きで解決させる」という。    
       台東区議会でも、与党連が「子育て・高齢者福祉」の論議で使用する手法です。
       最初に”課題”を取り上げた者が、その”課題”の理解者だとは限らない。
       ここが政治の難しいところです。 

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5244 ]


  [5243] 「孤独なボーリング」 コミュニティ論 2019/03/05(Tue.)  


選挙前、またコミュニティ論の教科書である本を読んでいました。

孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生 単行本 – 2006柏書房
ロバート・D. パットナム (著), Robert D. Putnam (原著), 柴内 康文 (翻訳)

【解題】
表紙の丸い写真は「ボーリング」風景。
通常「ボーリング」ゲームはグループでするのですが。
それを一人でするという”孤独”感を意味しているのです。

この本の中身は、アメリカのボーリングを愛するコミュニティの話です。
日本人には不思議でしょうが、戦後、アメリカではボーリングが町の娯楽であり、地域コミュニティの礎でもあったのです。
そう、台東区における「町会」や「お祭りの会」のように。
第二次大戦以後、あらゆる組織が活性化していて未来永劫参加者は増え続くものに見えていたのですが、
やがて参加者は減少し活動は縮小していく傾向に。この原因は何であったのだろうか?
日本も同じような現象が起きています。町会の組織率低下とか・・・。
あらゆる組織が、参加者の減少により高齢化とともに消滅しつつあるのです。

コミュニティにおける「社会関係資本」とは、人間関係である「コネ作り」のことですね。
「誰を知っているか」が仕事を見つけることでもありました。
アメリカも日本も発展している時期にはこの「社会関係資本」がものをいったのです。同郷、学閥、同門など。
これらの関係は、結束でもあり、橋渡しでもあるのですが、決して重要な要素ではなくなってしまいました。
だからなのか、旅行を扱う代理店にしても、銀行・保険などの営業にしても、
町会などの一つに団体と深く付き合っていた「担当者」の価値が薄れてきた感。
つまり、専属で「コミュニティ」と付き合うメリットが、その組織率の低下で段々となくなってきたのです。

また、旧来の「コネ」世代であるベビーブーマーは60〜70代になり、現役を離れはじめているのです。
だからこそ、コミュニティの精力的な創始者達は80代になってしまい求心力を失ったのです。

そこで、本書は読者に語りかけます。
著者は膨大な資料と事例とを揚げながら、冒頭の序論の最終部で本書の目的を具体的に書いているのです。
64歳のランバートに33歳のアンディが生体腎移植を申し出る話。
ランバートは黒人の老人(1997年当時では老人といえた)で若いアンディは白人でありました。
二人を結び付けたのは、ボーリング仲間であったこと。
世代も生活水準も人種も職業も越えた人としての感性が絆であったのです。
『我々アメリカ人はお互いを結び付けなければならない。』
本書のシンプルな主張はこの点にあるのです。
日本においても、町会や各種団体の組織率はどんどん低下してきており、
コミュニティの構成員が減少する中、どうやってコミュニティ機能を維持していくのか。
アメリカの「ボーリングコミュニティ」を眺めていると、日本の進むべき道が想像できるようです。 

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5243 ]


  [5242] 行政主導の源 2019/03/04(Mon.) 


先月の予算委員会の内容を俯瞰してみて、議員生活20年の私が感じたことは例年の通り。

区民に台東区行財政の詳細が伝わりづらいのは、明らかに『監査制度の情報公開規定がない』という点に拠る所が大きい。
地方自治体の行政執行の公正と能率を確保するため、地方自治制度のひとつの重要な柱として「監査委員制度」があります。
地方自治法第199条によれば、監査委員は地方自治法に定められた職務権限により
市・区の財務に関する事務の執行、経営に係わる事業の管理及び市・区の行政事務の監査等を実施します。

そんな中、私が毎年、注目するのは「監査委員の独任制」についてです。
独任性とは合議制による委員会(教育委員会や選挙管理委員会など)とは異なり、
一人ひとりが独立して職務を遂行し意思を決定する事が「監査委員」には原則として認められていることです。
つまり、”行政監査上の疑問”があったとしたら、監査委員は一人一人が独立性を確保して、
調査や視察を行う権限があるのです。ただし、監査の結果に関する報告又は
監査の結果に基づく意見を決定するときは、合議によるものとされていますが。

決算書の執行内容をみると、監査委員報酬を除けば”監査事務局費用”だけが予算にあり、
”各委員”の 独立した活動などを担保する”予算措置”がなされていないのではないか。
簡単にいえば、現在の監査委員には行政官から干渉されない”独自の活動・視察”が
なかなか行いづらい仕組みになっていないだろうか?・・・と。

確かに、今まで行政側が答弁するように、「事務局費用の中で適切に行っている」のは理解できますが、
”独立した3人の委員”に帰属した”予算措置”が形式上あることが重要だと考えるのです。
監査事務で作業をしている委員や事務局、そして行政執行内容を委員に説明する各部課の行政官は、
監査事務詳細の煩雑さなどを実務として理解しているのでしょうが・・・。
その内部作業を知らない”区民”や”議会”からすると「監査委員の独立性」が何処で保たれているのか不明です。
だからこそ、他の行政事業と同様に”公開制度”が強く求められるのではないかと思うのです。

しかし、なぜか監査委員会の「議事録・会議内容」などの公開を定める法令はありません。
他の自治体条例を参考にしようと、私は国会図書館にも行きましたが、何も見つけられませんでした。
総務省などの中央省庁から地方自治体に向けて出される”通達の類”も見当たらず。
ここが、地方議員の一人として非常に疑問だったのです。
つまりは、『監査制度の情報公開規定』・・・これがないから、自治体も役人天国なのですよ。
さて、引き続き、闘っていきますかねえ。(笑)

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5242 ]


  [5241] 英語教育の在り方 週末独り言(2月第4週)  


前に日記に書いたのですが、再度、「語学教育の是非」について書いてみたいと思います。
今年も永田町で「今後の公立小中学校の語学教育」についての勉強会があったので行ってきました。
2014年12月に文部科学省が公表した『グローバル化に対応した英語教育改革実施計画』を端緒に、
一昨年2月から有識者会議では審議が進み、「読む」「書く」「聞く」「話す」の4つの技能について、
外部評価ができる資格検定試験を大学入試などに導入することが決まったそうな。
新聞などで、「大学入試にTOEIC等を活用する」と記事が出ていたので、御存じの方も多いと思います。
文部科学省の調査によると、2013年入試では、全国の約7600大学のうち、
206大学が推薦入試、142大学がAO入試、34大学が一般入試に活用(一部重複)。
ただ、4技能の資格試験を導入するに当たり、地方の高校との「教育格差」が生まれる恐れもあるため、
文科省はこうした問題を解決しながら、時間をかけて外部試験の導入を進める予定だといいます。

実は先日、黒門小学校のある保護者から、高校受験における語学勉強法などについて質問されました。
たまたま、その方の御子息が私の母校を受験されるということで、かなり突っ込んで聞かれたのですが。
正直、今の高校受験英語は私達の時代と隔世の感があり、その傾向と対策も複雑多岐に渡ります。
私の頃は、高校2年程度の英文法と基礎単語・熟語を習得すれば、ある程度は対応できたのですが。
今は正直、母校の教職員などから聞くと、上に書かれた4技能を平均的に維持していないと難しいと。

しかし、こうした文科省の英語教育における新しい取組みの話を聞くと、
我々の世代の「英語教育」とは何だったのかと、憤りさえ覚えますねえ。
一般的に相当な受験英語レベルを維持して高校に入学しても、大半の生徒が英会話が流暢ではないという現実。
英会話能力という観点で総括すると、今までの日本の英語教育なんて実践に何の役にも立ちませんからねえ。
実際、自分の経験から言っても、受験で相当に勉強した英語は未だに会話能力が乏しいのに、
社会人になって仕事で多用した広東語は、まともな文法教育も受けていないのに香港人と普通に会話できます。
もちろん、広東語のテレビニュースなどのヒヤリングもOKで。
やはり、語学は座学より実践だと痛感する次第です。
今後、地方議員としても、「読める受験英語」より「話せる日常英語」に重点を置き、
台東区教育政策における『実践語学の大切さ』を議会などでも発言していこうと考えております。

  「人生充満酸甜苦辣」

人生はいろいろあるから楽しいのです。

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5241 ]


  [5240] 震災から8年 2019/02/28(Thu.)  

東日本大震災の復興政策を担う復興庁が、2020年度末の設置期限まで約2年となりました。
同時に「復興・創生期間」の取り組みも終了するそうです。
ただ、被災地の復興はいまだ道半ば。
引き続き財政的、人的な支援が必要なことは言うまでもありません。

後継組織について、同庁は先月まとめた復興基本方針の見直しに関する骨子案でも明確にしていません。
こういう時、だいだい役人はしっかり次の事を考えていて。
きっと、地域に推されて受け皿を必ず作ってくれるはずです。
共同通信が岩手、宮城、福島3県の被災42市町村長に行ったアンケートでは、
なんと9割の首長が後継組織の必要性を訴えています。


震災後、東北の42市町村のうち25市町村では、震災前と比べ10%以上も人口が減ったそうです。
高齢化率が30%を超える自治体も目立ちます。
人口減や高齢化もふまえた新たな支援の枠組みを練り直さなくてはなりません。

復興担当相は他省庁への勧告権を持つなど復興行政の「司令塔」役を期待されているのに、
その権限を十分に発揮している印象は薄いですね。
同庁の業務は交付金の配分や自治体との調整にとどまり、
職員は各省庁からの出向、短期間で交代する例も多いとか。
こうした体質を残したまま後継組織に移行しても、被災地の願いを実現できる体制にはなれません。
まだまだ原発の問題も解決されていないし、今後、ますます被災地の自治体の役割は増してきます。
多くの議員仲間がいる岩手県を中心に、今後も被災地の現状を報告してまいります。

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5240 ]


  [5239] サラリーマン時代からの付き合い 2019/02/27(Wed.)  

長い予算審議も終わり、今日はゆっくりと机に向かう時間ができました。
これまでの議会活動を思い返しながら、溜め込んだ本を読んで選挙用演説を考えたり。
いつものように上野駅スタバで珈琲を飲んだり。(笑)

ところが・・・

夕方にサラリーマン時代に担当していた”三菱地所さんのK氏”から携帯に電話がかかってきました。
私より20歳も上のK氏、既に会社は定年退職されているのですが、実はサラリーマン時代からの雀友で。
メンツが足りなくなると時々、「堀越、来い」といつものように命令口調で電話をかけてくる。
私が上野駅近くにいる匂い(臭い?笑)を感じたのか、上野駅から3駅の東京駅に程近い雀荘に来いと・・・。
ちなみに、”雀友”とは”麻雀(マージャン)仲間”ということです。(笑)

一度、「選挙準備で行けるわけないでしょ」と断りを入れたものの、
「お前、選挙優先で長年の人間関係を壊すのか。政治家失格だ!」と訳の分からぬ反論。
仕方なく・・・いやいや、俺はそんな不義理な人間じゃない。
人との付き合いの絆の上で、日頃から政治をやっているんだ!
・・・というわけで一通り仕事を終えて・・・舐めたらあかんぜよッ・・・という気持ちで戦場へ。
選挙前なのに・・・アホか?

勝って早めに帰りたかった私は、4人のプレイヤー1人につき2回ずつ親番を務める
「半荘(ハンチャン)だけなら」と付き合いました。まあ、しかし、始まれば半荘だけで終わるわけもなく、
結局は一荘(親4回)付き合って。気づいてみれば、私の圧勝!!
帰りのタクシーの中で、3人は私を呼んだことを後悔していたのでした。(笑)

ああ、なんか、久々に癒されたなあ・・・しかし、俺にギャンブルを挑むとは・・・。
幼い頃から、職人の祖父に花札・麻雀・競馬・競輪を教えてもらっていた私。
またまた、儲けさせて(?)・・・いやいや、勝たせて頂きました。
決して、賭け麻雀などしておりませんので・・・(勿論)・・・苦笑

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5239 ]


  [5238] 父子家庭の会 2019/02/26(Tue.)  

新人議員時代から続く、区内父子家庭の方々と勉強会・・・といより食事会かあ。(笑)
夏は皆で鎌倉に行ったり、神宮の花火大会に行ったりと楽しく過ごしたところですが。
秋になって、またいつものように”インドア”というか”内向き”というか・・・食って、飲んで。(苦笑)
世間では、離婚・未婚などによる「母子家庭」の調査・支援が行われていますが。
人に頼ることを嫌がる事が多い男性における「父子家庭」の問題は多くのことを考えさせられます。

「全国母子家庭等調査」によると、昭和63年に17.3万世帯だった父子家庭が平成23年には22.3万世帯。
ちなみに母子家庭は昭和63年84.9万世帯が平成23年には123.8万世帯。
ひとり親世帯の7世帯に1世帯は父子家庭ということになります。
母子家庭の母親は8割が就労しており、これは海外と比べても高いのですが、父子家庭では9割が就労。
母親自身の年間平均就労収入は約180万円で、父親は約360万円万円となっています。
数字だけを見ると、父子家庭は母子家庭より収入が高く、生活に問題は無いように思われるかもしれません。
でも、私が接する皆様も含め、父子家庭の実情は厳しいです。
ちなみに、今、文章に書いた調査は「母子家庭等」という名称です。
この言葉に象徴されるように、ひとり親に関する調査も支援も母子家庭を想定して作られているのです。
多くの場合、シングルファザーは「等」の部分に自分達が含まれることにすら気づかないのです。
昨今、女性の社会進出に伴い、政策的にもジェンダーバイアスがあるため、
なんとなく父親という存在は、受けられる支援・受けるべき支援から遠ざかっている感さえあります。
まあ、当然のことながら、父子家庭の御父さんとは後援者というより友人の関係なので。
台東区に住んでいる父子家庭の方々だけではなく、他区に住んでいる父子家庭の皆さんとも交流しています。
だから、台東区の事だけでなく、他区の事にも議員として相談に乗れればと精進している日々です。
ちなみに、父子家庭にも母子家庭と同じように助成金などの様々な制度が用意されています。
国が行っている児童手当や児童扶養手当。各自治体が独自に行っている住宅手当、
上下水道料金の割引、保育料の割引等などもあります。
お住いの自治体によって受けられるサービスに違いがありますが、
各人が上手に活用して生活に反映できるように一助となれば幸いだと感じています。

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5238 ]


  [5237] 平和のための戦争? 2019/02/25(Mon.)  

今年もイギリスのNGO団体で働く友人Mが一時帰国しました。
彼女は難民キャンプのあるシリア国境付近のトルコで働き、先のクーデター騒動にも遭遇。
久々に二人で食事をした際、「堀越君もユネスコ会議に来てたの?」とトボケタ問いを。(笑)
彼女の真っ黒に日焼けした顔をマジマジとみながら、「昔は白い肌の美人だったのに」と私が言うと、
「それはセクハラですよ、議員殿」と笑いながら返してきました。本当、変わってないなあ。(笑)

”アラブの春”が北アフリカから中東へと広がった頃、
無知な私は中東地域にも民主的で平和な時代が到来するのだと思っていましたが。
政府への大規模な抗議デモが繰り返されたシリアでは、2011年3月、
政府軍と反政府勢力との衝突で最初の犠牲者が出たことをきっかけに双方の対立が激化し。
ついには、今のような紛争となってしまったのでした。

彼女の弁は昨年と同様、「内戦が収束に向かってもシリアは更に地獄と化している」と言っていたし、
更に「力が均衡する敵がいないと”人間”はどんどん残酷になる」とも嘆いていました。
そんな彼女の話を聞いていると、残酷になる”人間”には、当事国であるシリアばかりでなく。
平和維持と称して、彼らに武器を与えて内紛を煽り、イスラムの村社会を崩壊させた大国もあると知ります。
西側と協調する日本のマスコミでは決して流されませんが、残虐な者によって多くの子供達も殺されていると。
「平和のための戦争」「日米同盟の堅持」と叫ぶ安倍総理、それはそれで大義だと思いますが。
アメリカが世界で犯した罪について精査することもなく、ただ追従だけを繰り返すのは宰相として愚行の極み。
一昨年の「防衛装備移転三原則」によって、軍事産業に立ち入った日本の変節をどれほどの国民が認知しているのか。

     "The promised land" is famous in Christian, Jew, and Islamite.
     However,it is not famous in Japan by which the buddhist and the god believer occupy many.
     Even if it is so, the concept "The promised land" shakes person's mind.

[ http://www.horikoshi.org/cgi-bin/note2/c_note.cgi?v=5237 ]




 
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